•        









  • 検索フォーム

  • プロフィール

    きあら

    Author:きあら
    京都とイタリア、クラシック音楽(とりわけポリーニの音楽)をとっても愛してます。美味しいものにも目がありません。植物もいろいろ育ててます。どうぞよろしく。

  • FC2カウンター

  • メールフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

  • QRコード

    QRコード

--/--/--(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Home | Category : スポンサー広告    |  Trackback
2010/11/30(Tue)

廣誠院

少し前になりますが、11月20日、廣誠院(こうせいいん)の特別公開で、明治期の素晴らしい数奇屋邸宅と、近代の黎明期に作られた貴重な庭園を見てきました。
わずか5日間の秋の公開だったので、書きそびれてしまったのですが…。

廣誠院g

廣誠院はホテルオークラの東、一之船入のすぐ近くにあります。
普段は門も閉まっているので、余り気付かず通っているかもしれません。
廣誠院 オークラ

廣誠院2

この一帯は、明治の始めまで、長州藩の屋敷がありました。
その後の大雑把な変遷は、

明治25年 実業家 伊集院兼常(いじゅういん かねつね)がこの地に屋敷を建てる。
明治35年 実業家 廣瀬家の手に渡る。
昭和7年  庫裏や仏堂が建てられる。
昭和27年 臨済宗の寺院、廣誠院になる。

別荘庭園といえば、南禅寺界隈の別荘群が有名ですが、この辺りには、その先駆けとなる地域があったようです。

現存する書院、茶室、広間は伊集院兼常によりつくられました。
3メートル以上ある軒の庇、その深い軒を支える細い丸太、随所に兼常のこだわりが見られ、意匠をこらしたつくりとなっています。

庭は、伊集院の強い指示のもとに造られたようです。
伊集院は庭園への造詣も深く、かの有名な庭師、七代目小川治兵衛(植治)も、伊集院兼常からは多くのことを学んだと述懐しているそうです。

廣誠院 石橋と紅葉
園池の水は、高瀬川から取水され、再び元の川に戻るようつくられています。

手水


外に出ると、秋の景色に高瀬舟が浮かんでいました。
高瀬舟
以前、高瀬川、一之船入ことを書いた時に、同じ高瀬舟の写真を載せましたね。
あれは猛暑の8月でした。もう明日から12月、時が経つのは早いですね。
スポンサーサイト
Home | Category : 京都の紅葉2010    |  Trackback0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。